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人間を軸とした経営

人間中心の経営が行われなければなりません。人、時間、情報、モノ、カネという経営資源そのもののうち、人を軸に組織を運営することを人間中心の経営といいます。人が中心で医療は行われるのは当たり前、労働集約型知的産業なのだから。という議論ではなく、より深く人に関与しながら、本人の動機を喚起する考え方をいいます。 昔は動機付けという考え方で、なんとなく他律的に聞こえる思いがありましたが、最近はエンゲージメントという概念がはやりです。「個人と組織が一体となり、双方の成長に貢献しあう関係」をエンゲージメントというようですが、そのためには何が必要かということが議論されなければなりません。 パーパスという考え方も出てきており、目的をもう一度明らかにしよう。それぞれが、「自分ならどうするか。自分なりに考えを逡巡させた結果個人の目標に行き着く」という結論。「周りからなんと言われようとも情熱を持って取り組むファーストペンギンになる」。「皆がそれを認識し、ファーストペンギンを支えるフォロワーが揃えば、そこから目的をベースにした行動が生まれる」という捉え方をしています。しかし、これも優れた個人がいなければなりません。 もっといえば皆がそういった自発的能動的な人でなければならないなど、一般化できない環境がなければバーパスという考え方は徹底しないと思います。なので、一人ひとりのニーズと組織として必要な動機を一致させるコミットメント(約束)を基礎とした人間中心の経営が必要だと理解しています。 コミットメントがキーワードであり、そこに誘導するために本人のニーズと組織の目標を提示し、そこを合致させる上司の取り組みが必要です。そこには依頼と受容があります。これは君しかできないという領域を捜し、伸ばし、そこを捉えて組織のなかでチームでの活動を誘導するという発想です。「コミットメントによる人間中心の経営」について、これから体系化していきたいと考えています。 medi-biz | 日々の生活にもっと医療の活用を    ...

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病院マネジメント

日本の病院は、国民皆保険制度のもと、廉価で高い質の医療を提供してきました。医療は仁術であり、利益を目的として運営するのはおかしいと、医療従事者も考えていたし、国民もそのように考えていました。国が元気で勢いのある時代では、医療は他の事業とは明確に峻別された特殊な仕事であると信じられていたからです。しかし、実際のところ民間病院は、一般の企業と同じように利益を得て運営されなければ、納税や職員の処遇改善、設備投資を行うことができないことは明らかであり、裏側では必死で利益を出すマネジメントが行われていました。 人の行動や経営の在り方は、すでに産業革命以来多くの企業が実践をしてきており、その手法を医療に導入すれば、成果は挙がったはずです。 しかし、日本の病院は多くが医師により運営されており、海外のように経営のプロフェッショナルが運営するものではありません(写真はマネジメントに長けているバンコクグループのサムティベート病院と連携するヤンゴンのパラミ病院)。医学部に組織マネジメントを行える医師を育成するためのカリキュラムがありません。優秀な学生が医学部を目指しているし、医師が将来大学や、医療機関、研究機関で組織運営を行うリーダーとなることが明らかであるにも関わらずです。 これはとても特殊な環境であり、国民皆保険制度のなかで診療報酬のルールに従って運営していれば、収益が得られたことにより、その必要性がなかったということも背景にあります。もちろん、医師は医療に特化し、マネジメントは海外のように経営に長けたプロフェッショナルが病院を運営するのであればそれでもよいのでしょうが、そのような仕組みがないなかでの現状には腑に落ちないものがあります。 実はプライマリーは、医師や看護師等の医療従事者がいれば成り立つものであり、そこに組織マネジメントは必要ありません。 しかし、病院ができて、さまざまな職種の雇用や彼らの管理、設備への投資、与えられた診療報酬を活用するため限られた経営資源で最大限の成果を挙げる戦略立案やその実践、他の医療機関の連携等の管理を行わなければならないなかで、経営のフレームワークをもたない病院は、うまく運営できないことは明らかです。 日本の財政がひっ迫し、社会保障費抑制のなかで医療費の傾斜配分や削減が行われるようになると、より一層マネジメントの必要性は増してきます。これは民間病院ひとりの出来事ではなく、7千億円以上の一般会計繰入により運営されている自治体病院にも、いえることだといわれています。 そこで病院は企業経営を学ばなければならないと、ながく指摘されてきました。多くの優れた病院はこぞって企業会計や企業経営のロジックを導入し、病院なりにアレンジしながらよい成果を挙げています。ただ、これらのながれはまだ病院の一部のものでしかなく、全体にまで昇華されたものではありません。今後人口が減り少子高齢化が進むとともに税収が減り、社会保障費が抑制される日本。 増税が進み、診療報酬が引き下げられ、受療率が下がる環境の下、地域包括ケアシステムの中で、病院は従来とは異なる医療を提供する事が期待されています。 職員が力を発揮できる仕組みやマネジメントが行われなければ医療を守る事は出来ません。日本の医療は、いよいよ正念場に差し掛かったという事だと考えています。 どのような行動をとる病院が残るのか、病院マネジメントに関する議論をこれから当ブログで、頻回に取り上げていこうと思います。  ...

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権限と責任

組織は人により構成されます。組織は役割により、管理職、監督職、一般職に分類されます。病院であれば、理事長や副院長、事務長や看護部長、診療支援部長とった者が管い理者に該当します。その下位に師長や課長などの中間管理職(監督職)があり、一般職員が配置されるという図式です。それぞれの階層は、病院の運営に対し、その目的を達成するため責任をもち行動しなければなりません。 組織構成員全員が組織の運営をそれぞれの役割として担っています。役割を与えられた者は、その役割を果たす責任を負わなければなりません。ここで役割を規定するものの一つを権限といいます。権限とは、個人がその立場でもつ権利・権力の範囲をいいます。 また、果たすべき責任とは、立場上、当然負わなければならない任務や義務をいいます。権限を得ることは同時に責任をもつことであるといわれます。病院職員は、それぞれがどのような権限と責任をもつのかについて知り、日々の業務を適切に行うことが求められています。権限は、起案、審査、承認、(実施)、報告という行為に区分されます。 「起案」は何かを提案すること、お伺いを立てること、そして「審査」はそれが組織のルールや目的に合致したものかどうかをチェックすること、さらに「承認」は、審査を経て上程された事案の実施を許可することをいいます。組織におけるすべての業務はこの3つの段階を経て実行されます。さらにその結果がどうであったのかを、最終権限者に「報告」するということで、ある業務が完結します。権限の行使をこのフロー以外で行うことはありません。 特定事項において上記の何れかの権限を有するものが責任をもち、それぞれの行為を行い、業務を遂行します。組織は、すべての仕事を洗いざらい抽出するとともに、責任者を列挙し、上記権限を誰が、何時、どのように、行使するのかを決定する必要があります。そして決めた権限の行使の形体を権限規制に取りまとめ、組織に開示することにより権限(=責任)を明確にすることが求められています。権限を決定し開示、それを遵守させることが組織運営を的確に行うための要諦です。組織の仕事は、権限や責任が曖昧ではあるものの、実務で慣習化している不文律で動いていることが多くあります。 これだと組織の意図していない権限行使が行われる可能性が高く危険です。一端権限と責任を文章(規程)化したとしても、それを吟味して活用するというより、誰かが当該文章を起点として行動し、それが行動の基礎として使われているものの、常に規程に立ち戻ることはあまりありません。しかし、規程が現実に合っているのかという疑問を持つ人が現れたときに検証作業が行われるという意味では、やはり規程があることが有為です。少なくとも権限規程をつくる→業務を行う→時々検証する、というながれをつくれると、組織の意図した権限行使が行われると考えています。...

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アセアンの発展とリアリティ

先日、マレーシアKLを訪問したときに、時間があり、せっかくなので、スリアKLCCに行き繁華街の雰囲気に触れようということで地下鉄に乗りました。クラナジャヤLTR線です。KLCCはKLCC地区にある複合ショッピングセンター。 ペトロナスツインタワーと地下や下階部分を共有しています。KLCC駅とは地下通路で結ばれています。セントラル駅から乗車しましたが、日本の各地にある地下鉄と遜色ないものでしたが、到着時間が遅れる、途中で止まるという事故が多いようで、私たちも危うく次の飛行機に間に合わない目にあうところでした。 アセアンは発展しているものの、まだまだ日本のような精緻なダイヤに基づく運行や、故障なく運行できないんだなと、改めて日本のすごさと、アセアンのこれからの可能性を感じたのでした。 ことほど左様に、まだまだ私たちから、アセアンにもっていくものはたくさんあるということを確信し、ビジネスを行うためのマーケティングを行う必要があると理解したのでした。 もちろん、医療や介護については何回も、KLでチェックしていますが、表面的ではなく実際にこちらで生活してみなければ分からないこともたくさんあるのではないかと考えました。あまり手を広げず、例えば、我々が既に診療所に投資しているベトナムなど、ある程度仕事ができる国から地に足をつけた対応を行おうという決意をして、同国を後にしました。  ...

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病院改革の基本

以前から説明していましたが、医療は人であるということが最近さらに納得できるようになりました。医師がリーダーシップをとれるかどうかということが最も重要であることは間違いがありませんが、例え、現場の医師がリーダーシップをとっても、トップが正しい、誰からも尊敬されるリーダーでなければ、病院運営がうまくいかない事例が数多くあります。 現場の医師のやる気をそぐ事例が数多くあり、それが職員に伝播して、病院のパフォーマンスが落ちるというながれです。基本的に、現場は患者さんのために、反射的に動く意識をもって活動しており、その意識が減ずるということはありません。しかし、ふと我に返ると、評価はされない、教育されていない、体制が変わらない、それどころかコストカットの指示は多く、かつ不足する機器や修理すべきアイテムに対してまったがかかるといったことが続き、心が折れる、といった表現が適切かもしれません。 ここで留意すべきは、戦略です。病院が適切なヴィジョンをもち、組織戦略を確立し、トップがその事業計画を一つひとつ達成しようと、日々自らが動き、また指示をして、また職員を鼓舞しながら一緒に汗をかく。増患のためになにをするのか、医師の招聘や、イベント、営業活動や連携強化といったことに対し、自院の業態に合わせた活動を行うことができれば、活気もでてくるし、地域医療を維持するための適性利益を得ることもできます。ヴィジョン、戦略不在が、組織を疲弊させ、縮小均衡を招き、トップの判断を誤らせ、ネガティブにすることで、組織の成長が止まるという帰結です。 トップは、あるべきマネジメントに必要な人材を確保し、現場の部署長に役割を与え、依頼をし、支援しながら、日々の病院改革を行わなければならないことが分かります。そうはいっても、現場スタッフでやる気のない事務職が多く、医事に問題がある、事務処理に課題があり、現場が安心して仕事ができないという事例もあり、職員一人ひとりが、やる気を出す、力をつける、本来やらなければならいことができるよう評価育成することももちろん、重要なテーマです。 トップがリーダーシップを発揮する、現場も人を育成する、そして皆がやるべきことをしっかりとられる組織づくりが求められていると考えています。これらは当たりまえのことですが、現場に入ると、この通りにできないさまざまな障害があり、いつも悩みます。しかし、なんとか絡んだ糸をほぐすように、一人ひとりとの話し合いを通じ、現状の認識と、到達点の提示を行いながら、できることを着実に行なえるよう努力していかなければと思います。...

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医療療養病床のこれから

医療療養病床の役割として、急性期のあとの患者さんのケアを行うポストアキュートと地域における慢性期の急性増悪さんを受入れるサブアキュートがあります。 とりわけこれからは、地域包括ケア病床ではなく医療療養病床がサブアキュートを受ける主役になる可能性があります。 平均在院日数の設定や、DPC類似病態別医療区分の採用を日慢協では主張していますが、医療療養病床の医療区分によっては在宅での対応が可能になってきていることを考えると、時代のながれとして、医療療養病床の役割を強化していかなければ、生き残りが厳しい時代になってきたということもあります。 一方、現場で日々医療療養病床に入り、実体を垣間見ている立場からいえば、医師の数が不足することや、看護師数不足、慢性期医療に慣れていない看護師が多く存在すること、相談員さんがすべての業務を担えない環境、増患がとても難しい状況から、受け入れられる患者が限定的になってしまう現状があり、なかなか難しい状況であることも事実です。 逆に、住宅での在宅医療のレベルが高くなってきたり、地域における訪問看護の充足している地域においては、在宅での高い成果をあげていることが知られており、病院に依存しない医療が行われていることも事実です。 ということは、サブアキュートにおいて、急性増悪した患者さんに迅速に入院してもらい、安定したら地域で在宅での対応をしてもらおうとういながれができる病院と、できない病院が峻別されてくる可能性があります。前者には高い点数が、そして後者には比較的低い点数が与えられ、前者でなければ残れない医療制度が導入されることになれば、医療療養病床の集約、そして住宅化が行われることになるのでしょう。サブアキュートへの対応ができる医療療養病床は、地域包括ケアシステムのなかで、在宅医療にも進出し、訪問看護ステーションを設置して、地域に根を張りながら、病院の地位を固めていくことになります。もちろん地域連携のなかで関係を造り上げていく部分と独自で展開する領域の比率は病院それぞれであるとしても、自己完結的な活動をする病院は迅速に対応ができるので、結果として地域から訴求されることになり、結局は自己完結的なかたちで活動をするところに分があるのではないかと考えています。 いずれにしても、医師、看護師、コメディカル、そして外と内をつなぐ相談員さんやワーカーさん、そしてプロモーションや地域浸透を行うために活動する病院関係者が協力して、成果をあげられる病院とそうではない病院の差がついてくるのでしょう。誰もが納得できるビジョンと、強いリーダーシップ、そして、医療に強い信念と使命感をもって活動できる職員が数多くいる病院が、崩壊しつつある社会保険制度のなかで、しっかりと残り役割を果たしていくのだと考えています。私たちのクライアントがそうなるように我々もできることをするし、また、多くの医療療養病床が、その方向に進むように頑張っていかれることを期待しています。皆が頑張り、皆が幸せになる医療が行われること、それが私たちの望みです。...

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院内改革推進中

弊社白石社長は、医師として病棟に入り、病院の改革を開始しました。連携室を立ち上げ、職員一人ひとりの役割を見直し、個々の職員の力をどのように引き出すのかについて自ら指導を行っています。従来の病院コンサルティングは、日々病棟に入り現場を指導するという形をとることが困難であり、もちろんさまざまな分析に基づく戦略であり、具体的な手法に落とし込むものの、こうあるべきという演繹的な指導になりがちでした。組織が成熟していて方向が不明瞭、やり方が分からない、ヒントが欲しい、といった段階の病院であれば大きく変化を望むことができましたが、もともとマネジメント不在の病院においては、0からの組み立てになるため帰納法的な現場からのアプローチがどうしても必要になることが分かっています。そのときに必要なのは経営企画的な支援だけではなく医師の力。マネジメントに長けた医師が、演繹的に打ち出された方向や戦略、具体的な対策を帰納法的に現場から積み上げていく方法を採用することで、現場における医療そのものとマネジメントが一体化し、とても成果が挙がりやすくなることが経験的に分かっています。ホワイトヴィークルではフェロードクターとして、マネジメントに長けた医師を現場に配置することで、医療の質向上をあらゆる角度から変えていけるよう現場支援を行います。ホワイトヴィークル社長である白石医師の成果を見るにつけ、我々も、ホワイトヴィークルの演繹法的かつ帰納法的な病院改革手法が正しいことに確信がもてます。...

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医療の継続はあるべきマネジメントで

医療の継続は利益です。利益が出ない医療は、どのように優れていても継続できません。自治体病院であれば税金でその損失を補てんすることができると考えているでしょう。しかし、それは地方財政の疲弊とともにはかない夢であることが夕張や銚子の事例で明白です。特殊な事例ではなく、他の自治体でも人口減少による経済破綻が医療機関の存続を危うくしているのは周知のところです。いわんや民間病院においては、適正利益の出ない病院が残り続けることができるわけはありません。優れた医療は医療そのものだけではなく、マネジメントをも含んだ定義です。明確なヴィジョンをかかげ、職員をモチベートし、地域住民や地域医療機関や介護事業者を巻き込んだ活動ができている医療機関がこれからの地域を支え、患者や利用者から評価される証として利益を得て存続し、そうではない組織は存続ができなくなることは明らかです。マネジメントを侮ってはなりません。優れたリーダーがいる病院はロジックが分からなくても自然に人が引き付けられ組織がうまく回転し、成果をあげることができます。しかし、そのリーダーが組織からいなくなったらどうか。あの院長のときには、あの部長のときにはうまくいっていたのに。ということでは優れた医療を継続することはできません。マネジメントシステムの重要性がここにあります。大きな組織でなければ、それは導入できないと考えているリーダーがいれば、それは間違いです。人はどうしても楽なほうに流れる傾向があります。なので、内面から湧き上がる能動性が喚起されるマネジメントを行う必要があります。あるべき医療の在り方を議論し、そのなかで最も合理的で多くの人が納得できるマネジメントシステムを導入しなければなりません。それらは表面的には簡単なようにみえて、背景にはしっかりした哲学があるものでなければなりません。形式ではなく実質を求めたマネジメントシステム構築への取り組みが望まれています。ミャンマーのヤンゴンにある空港近くのビクトリア病院です。バンコク病院グループ、サムティベイト病院のディパートメントがありましたが、欧米で学んだマネジメントボードによりマネジメントが行われている病院です。設備投資だけではなく、コンプライアンスもしっかりと行われていて、ある意味日本よりもしっかりしていたのではないかという印象です。日本の中小病院はいまこそ、しっかりしたマネジメントスキルを身に付け、これから到来する大きな医療制度改革の波に飲み込まれない体質づくりを怠らないようにしなければならないと考えています。  ...

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厳しい環境を乗り越える

人がどう生きるか、というテーマは永遠のテーマだと思います。さまざまな価値観や考え方があり、これだというものを普遍化することはできません。結局は、一人ひとりの人間が、自分がどう生きたいのか、生きているのかを自分のなかで確認し、もし、自分の思いと異なる生き方をしているのであれば、それを修正する、あるいは修正しない、悩む、悩まない、すべて自分が責任を負って、最期を迎えるものだと考えています。 自分がどう生きたのかの証跡を残しても、残さなくても、それは自分の生きた結果であるし、例え、誰もが認める証跡を残したとしても、それはしばらくたてば、記憶のかなたに置かれるものだと思えば意味がない。 誰かに影響を与えることができれば、その思いや思想は残り続けることも可能かもしれませんが、それは宗教であったり、学問であったり、経営であったりするもので、とても限定的なもの。 少なくとも誰かに何かあるにつけ、思い出される人になることは、大きなことを成し遂げなくても可能かもしれない、と脈略なく思ったりします。 いずれにしてもそれは生きた帰結であり、求めるものではなく、それがなくてもすばらしい人生を送っている人がたくさんいることに気づきます。 私の周りは、そうした人で満ちています。皆正直で、誠意があり、もがき、苦しみ、しかし原点として人のために何ができるのかを考え、行動する経営者であったり、医師であったり、看護師であったり、職員であったりします。 自分にプライドをもちながら、さまざまな環境のなかで、身の置き所を捜しながら、折り合いをつけ、あるときは弛緩しながらも、自分の責任を果たしている人たちです。 彼らをみていると、自分も勇気づけられるし、鼓舞されます。自分の思った道をまっすぐ歩いていくことが自分であり、自分の存在を感じる自分でいられるのだと考えています。 肩ひじをはらずに、ただ実直に思いをもって、前に進む。自分が決めた、自分のできる最高のことを、やり切ること。それが自分の役割だと認識して、進めることができれば幸せな人生なのではないかと思います。今日、素晴らしい人達に会えて、またそう確認することができました。 人の命ははかなくて、哀しくもあり、だからこそ抗い、悔い改め、一歩でも前に進み続ける。生かされていることに感謝し、誰にも思いやりをもって、立ち上がることができなくなっても、思い続けることができる自分をどうつくりあげていくのかが、人生なのだと、思います。医療は厳しい環境を迎えます。結局は、それは政治のせいでも、世界経済でも、誰のせいでもない。私たちが対峙しなければならない、自分の責任で乗り越えていかなければならない課題です。国難ともよべるこれから来る時代を、私たち一人ひとりが、思い通りの人生を生きることで、どのように変えていけるのか。とても楽しみであり、身の引き締まる思いがあります。ホワイトヴィークルは闘います。...

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病院改革について

病院マネジメントはとても大切   何もそれは病院の医師やスタッフを懸命に働かせるもののためにあるのではありません。 地域のマーケティングを行う、病院のSWOT分析を行い、どこに進めばよいのかについて強みを伸ばす方法を検討し、戦略化し、医師とコミュニケーションを図りながら、人が人として医療従事者が医療従事者として心から医療の必要性と自らの使命を感じることができるリーダーシップをとりながら、職員全員の力を一定の方向に収斂し、与えられた社会資源のなかで最大の成果をあげることを意味しています。やはり、企画部署が必要です。 あるいは事務長が軸となりプロジェクトをその都度つくりあげていくことも有用です。何れにしても、病院としてどのようなマネジメントシステムが必要であるのかを考え、それを具体化していく必要があります。 それが人を動かす仕組みであり、病院をうまく管理する仕組みであり、そして病院の挙げた成果をモニタリングする仕組みです。人は、目標をもって自己実現したいと願っています。その前に組織に帰属したい、自分が評価されたい、という欲求もあります。マズローです。もちろんXY理論もあり、性善説で仕事をする人ばかりではないことは明らかです。でも、私は違うと思います。よほどの原体験があり、どうしても社会に馴染めない人は別として、真摯に胸襟を開いて話をすることで、何が組織のなかで仕事をすることの阻害要因なのかを明確にすることや、それをできるだけ解決していくことができればそうした考え(組織とともに成果をあげることに積極的に反旗を翻す)をもつ人は減少すると思います。 要は、リーダーが本気で、価値を生み出そう、良い医療をしようと考えているかどうかであり、生理的欲求や生存の欲求が満たされていることが前提ではあるとしても、彼ら変わり、同じ方向に進むことができるのではないかと考えています。   月並みな話でいえば、過去の環境や教育、体験により人格が形成されている人間が、さらなる経験や体験をすることで、自分を変化させることができないはずはないと考えているのです。人生は短い、そのなかで最期に満足できる仕事をしようといつも訴えもします。 余計なことですが、私は、職業を転々としてきた過去があります。それこそアルバイトも入れれば、飲食から競馬場から、倉庫から、清掃や建設工事、いくつもの製造工場内での勤務やトラックの運転手、リクルート社での営業、そして会計業務や上場会社の監査業務、さらには銀行員となりコンサルティングを行い、をの後、医療や介護に辿りついています。 沢山の人と会う機会を得ているし、さまざまな仕事をしている人々との交流をしてきています。 そのなかで感じることは、皆、真は良い人であり、嫌な人に出会ったことがありません。立場を変えてみれば彼らの行動や動態は理解できることばかりだし、本当に楽しい人生を過ごせたと考えています。そこで元に戻りますが、結局は思いをもって真摯にコミュニケーションをとる、ということです。 そして懸命に仕事をする、質の高いものを提供できるよう努力するという一線を外さなければ、皆一緒の方向に進んでいけるということだと思っています。もちろん、私は失敗だらけでしたし、たくさんの人に迷惑をかけて、助けてもらいながら過ごしてきたと思っています。また、手を抜いたりさぼったりしたこともないとはいえませんが、反省を繰り返しながら、努力し、たくさんの人を信頼して一緒に仕事をしてきたつもりです。 そのなかでの回答が上記です。 組織に属していると、なかなか言えないこともコンフリクト(衝突)もあるでしょう。我々のように外部から組織をみる仕事をしているところからは見えないこともあると思います。しかし、勇気をもって話をすれば相互理解のなかに新しい方向を見出すことは経験上可能だと思います。常に創造し、価値をつくりだそうという意識をもったたくさんの現場のリーダーがでてくること。病院改革は絶対に成し遂げることができると確信しています。 写真は、インドネシアのJCI病院のICに関する掲示物です。    ...

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